あの日、海の向こうで

いにしえのスタイルで1日分を1ページに押し込む旅日記。長文・画像大量・容量大。

さらば麗しのブリトゥン・・・からのジャカルタでぼっちカウントダウン

※店舗・価格等の情報は訪問当時のものですのでご注意下さい。

2018年12月31日(月)

 New Year's Eve

 

ブリトゥン最後の朝

薄曇りの朝。

今朝も人が歩いている。水の色が暗いから深いと思い込んでしまうけれど、本当に遠浅なんだな。

さて、Uchiちゃんと二人で朝ごはん。

地元の人はなかなか地元の外資ホテルには泊まらないだろうから、この宿泊も手土産のひとつのつもりだった。(それに海外のホテルは一部屋いくらだから二人で泊まったって料金同じ。泊まってもらった方が良い。)

サラダはパサパサしていた。時間経ちすぎだったな。

こんな感じ。

今朝もパンケーキ。

Uchiちゃんは朝は小食だった。

部屋に帰ると外は凄い雨。

船たちはそのままみたいだ。

雨が上がるまで待つしかなかった。ベッドに寝転がりうとうとした。

11時頃やっと雨が止んだ。人々はすぐに動き出す。

ブリトゥン島タンデムじゃらんじゃらん①

雨が上がって私たちも動き出す。チェックアウトし、私は小さいながらもスーツケースがあるので別途Grabで追いかけるよと言うと、Uchiちゃんがシート前に器用にスーツケースを詰め込んでくれた。

ホテルの近くのミニマート「OK MINI MART」。

同じ家族がやっているであろうお土産屋さん「Toko Oleh-Oleh Keluarga OK」、素朴な地元産の品々が並んでいる。

Krupuk Ikan(お魚せんべい)。

Krupuk Udang(えびせんべい)。

ここでUchiちゃんがいろいろブリトゥン名物をお土産に持たせてくれた。コーヒーや、毎日飲んだJus Jerekの濃縮液とか。どうもありがとう。

お店の前。

あ、お向かいにあるのはあの横断幕ではないか!

ナマズとニワトリとアヒルが描かれている。

出発。さらばLanggar Istiqomah。

さらばMasjid Nurul Fattah。この通りは何度も通ったね。

もう何度目か、タンジュンペンダムビーチの脇を通り抜ける。

Masjid Al Ihram。

Jl. Kemuning、前回泊まったHotel Lax Melati。

右に曲がるとPelabuhan(Port)。

昨日立ち寄ってもらったトラディショナルなカフェ、Kong Djie Siburik。

ブリトゥンのシンボル、Batu Satam(隕石)のラウンドアバウト

この交差点も何度も通った、Masjid Jamek Al Khoirの青いドーム。

昨日結婚式のあったお宅。

とある学校の脇の路地。

そこから車の入り込めない細い路地へ。

この一角にUchiちゃんの自宅はあった。周囲にはお兄さんたちの家族やおじさんおばさん家族も住んでいて、こういうところが東南アジアはいいなぁと思う。

ご挨拶はそこそこに、再び外へ。

ブリトゥントラディショナルハウス Rumah Adat Belitung

連れてきてもらったのは何度か通りかかったRumah Adat Belitung。

ブリトゥントラディショナルハウス Rumah Adat Belitung

ブリトゥントラディショナルハウス Rumah Adat Belitung

あれ、今日はumum(一般)にはtidak dibuka(クローズ)だそう涙。

ブリトゥントラディショナルハウス Rumah Adat Belitung

でもUchiちゃんが彼女は日本人で日本から来たんだと言うと管理者の方は快く入れてくれた。

ここにはブリトゥンの伝統的な品々が展示保存されている。メインホールは結婚式の様子らしい。

島嶼国家であり多民族国家であるインドネシア、このバンカ・ブリトゥンの辺りはマレー文化圏だというのは以前Uchiちゃんから聞いていた。発音もマレーシアのバハサムラユに似ていて、「Bangka Malay」という呼び方をするみたいだ。(特に語尾のAの発音がマレーシアに似ていると思う。)映画「Laskar Pelangi」の続編「Sang Pemimpi」でも「マレーの~」と言っている台詞があった。

「Makanan Pengantin」・・・新郎新婦の食事、かな?

今日クローズだったのは誰かを迎えての、何かの行事があるらしいからだった。準備の人たちがちらほらいる。

これから見るブリトゥンの見どころすべてに共通するところだが、本当に商売っ気も飾り気もない。

ブリトゥン島タンデムじゃらんじゃらん②

Uchiちゃんのお義姉さんもついてきてくれていた。お義姉さんについて次はどこに行くのかな?

小さい赤ちゃんがいるけれど、家でお父さんお母さんが面倒を見てくれている。従姉妹たちもいる。核家族じゃない文化はいいね。

Jl. A Yani。初日にも見かけたMasjid Anni'mah。

ひたすらお義姉さんについていく。

可愛い青いドーム。

Jl. Kapten SaridinのMasjid Jami’ Al-Ma’arij。

このカフェも伝統的な手法でコーヒーを淹れているみたい。

マルタバ屋さん。

同じくJl. Kapten SaridinのMasjid Al-Hidayah。

中学校。

Jl. Meyjend Bambang UtoyoのSurau Darussalam。

位置確認。

小さいけれど可愛らしいデザインのSurau Al-Taqwa。

Jl. Lettu Mad Daud。

Surau Miftaahul Jannah。

緑多きJl. Rumah Sakit。

その名(Rumah Sakit=病院)の通りここにはかつて大きな公営の病院があったらしい。

↓橋の欄干に日本でいう「相合傘」的な落書き、日本ではもう廃れたけど東南アジアの人好きだよね~。

廃病院。

「Dapoer Fezdaf Gorong Gorong」のランチ

廃病院の先にあったレストランDapoer Fezdaf Gorong Gorong。今地図見たら案外海に近かったのね。

 

私がいただいたのはPampi Sop。検索するとパンピ(Pampi)はあっさりスープにちょっと苦みのあるウンピン Empingが載っていた。麺は極太の小麦麺で、ほぼうどんだった。検索するとPampiはブリトゥン島の郷土麺のようだ。

Pampi Sop パンピ

Uchiちゃんとお義姉さんもそれぞれ違う麺料理を食べていた。揚げ物はTahu Goreng Isi。ただTahu(豆腐)を揚げたのではなく、細かい具が入っていてがんもどきみたいだった。

帰り際、向かいのあずまやのテーブルの下に萌え親子。

ブリトゥン島親子猫

Museum & Zoo Tanjung Pandan

またタンデムで出発~。(Uchiちゃんほんとにありがとう。)

GPIB Immanuel Tanjung Pandanという教会だった。寛容の国インドネシアよ永遠なれ・・・。

Jl. Melati。

そこにひっそりとあったのはMuseum & Zoo Tanjung Pandan。タンジュンパンダン博物館&動物園。

建物内にはブリトゥンの地理・歴史を紹介する展示物でいっぱいだった。

ブリトゥンの象徴、隕石。

華人系のお宅の調度品。海峡にあるブリトゥンは古くから交易の要衝でもあったようだ。

その脇に唐突に旧日本軍の軍票がてんこ盛りで飾られていて衝撃を受けた。

産業。

これらはブリトゥン周辺やインドネシア各地の沈船から回収されたものだそう。

Pulau Buaya(ワニ島)近辺での出土品。10世紀~13世紀の宋時代の品物が含まれるそう。

バンカ島とブリトゥン島の間をGelasa海峡(Selat Gelasa)というらしい。

唐突にブリトゥンの生き物たち。

これらは古くはなさそう。ブリトゥンの暮らしかな。

テーブルランプかな?

錫・カオリン鉱山で栄えたブリトゥン、鉱山のジオラマ

ブリトゥンの天然資源の紹介。

全体的に物凄くピカピカな展示というわけでもなくうっすら埃をかぶっているようだったけれど、それもこの孤島らしくていじらしい。驚いたことに見学者は結構いた。

ここには小さな動物園もある。オブジェもなんだか年季が入っているし、飼育環境もお世辞にも清潔とは言えず、なんとも言えない気分になる・・・。

それでもここはブリトゥンのそう多くない遊興の場らしく家族連れがたくさんいた。

カンチル(マメジカ)君かな?

鳩を・・・飼っている・・・?

ニワトリ・・・も・・・!?

毛玉・・・いや、モルモットだろうか。

何とも言えない水族館もある。

茶色っぽいハリネズミは寝ていた。

ハムスターの方が逞しく思える。

巨大なワニ。

「Laskar Pelangiのワニ」と書いてある。

もしかしてロケで使われた「俳優ワニ」だった?

映画のクライマックスでLintangを通せんぼするのだ。

廃墟写真みたいになってしまった。

雨が降ってきて、侘しさに拍車がかかる。

カラーリングに主張のあるリスだなぁ。スカンクかと思った。

TUPAI SELAT、直訳すると「海峡リス」のようだ。

何とも言えない佇まいの動物園だったけれど、「地方ってそういうもんだよね」と心当たり在りすぎな田舎出の私。

タンジュンパンダンの漁港

またお義姉さんについていく。

あ、あの車はWALL'Sのアイス!

あなたの税金がブリトゥンを支える。

またまたまたBatu Satam(隕石)のロータリー。

Jl. Endek、初めて入る路地。

突き当たりにはゲートが。人影ががやがやしている。

脇の道にも屋台のパラソルがちらほら。

Gang Kim Tingと書いてある。市場街のよう。

あ、これはもしや今夜のカウントダウン用花火(手持ち)!

突き当たりを曲がるとまた市場のような賑わいの通り。ここは漁港のすぐ隣だった。

市場の間を縫って走り、港のそばにバイクは停まった。

賑やかなPelabuhan Ikan(漁港)。

周辺も港のそばらしいちょっと無機質なデザインの建物たち。

こんだけぎゅうぎゅう詰めの船、どうやって動かすのか見てみたい。

今氷を積んでいる船はどうやって隣と交替するのだろう。

スクリュー修理屋さんかな。

ひとしきり漁港を眺めて、また移動。港脇の独特の、活気はあるけれど殺伐とした光景を眺めながら・・・。

何かの官庁。

カキリマ(屋台)が休んでいる。(ドラえもん・・・?)

えっ、テントやハンモック?売っているのかな。

Jl. Sekolah。

見えてきた緑のドームはMasjid Agung Al Mabrur。

大きな交差点。壺の家族と手前のオブジェはセットなのか・・・?手前のオブジェは大破したバイク。「次の犠牲者にならないで」という強烈なメッセージ。

大通りのJl. Sudirman。

あ、またナマズにニワトリにアヒル、ここはエビや魚も一緒に盛ってある豪華版。

Masjid Assyuroで左折、Jl. Pangeran Diponegoro。

シュールなすべり台。

Uchiちゃんのおうちに戻ってきました。

ブリトゥン島、旅のおわり

女性陣、賑やか。

家族の写真が飾ってある。

姪っ子ちゃんたち。

おばあちゃん。日本軍がブリトゥンに来た時のことをお話される。きっとおばあちゃんにとっての「日本」はそこで止まっていたのだだろう・・・。

いいね、大きな家族で、みんな一緒で。

寛がせてもらい、いよいよ空港へ向けて出発する時間。

Grabを待つ。

みんなに見送られてGrabに乗った。Uchiちゃんも一緒に乗ってくれた。

前回来た時は待合所どころか搭乗口まで見送りの人が入れたのだけれど、さすがに今は搭乗者しか入れなくなっていた。

一旦チェックインを済ませて荷物を預け、また外へ。

少し離れたところにあった食堂に入る。

ショーケースの中、美味しそう。

結局欲張ってしまった。ぶっかけ飯。ブリトゥン食べ納めだから・・・。

テンペは辛かった。

ウンピンも購入。

名残のJus Jerek。

これはチキン入りのバナナの葉っぱ粽みたいだった。

暮れていく・・・。

そろそろ搭乗口へ行こうかな。

彼氏くんがUchiちゃんを迎えにきてくれて、二人にお別れすることができた。私の今の目標は二人の結婚式に行くことだ。

搭乗便はもういた。

スカイチーム塗装のボンバルディアCRJ-1000。

最終便か・・・。

搭乗。

寂しいな。

Sampai jumpaブリトゥン・・・。

小さな飛行機だ。

ボンバルディア久々。

離陸。もう外は夕闇。

さらばブリトゥンの灯よ。

軽食が配られた。

40分ほどで見えてくる、翼よあれがジャカルタの灯だ。

よく見るとあちこちでポチポチと花火が上がっていた。まだ19時半だってのに気が早い。

降機。最後列に座っていたのでゆっくり降りる。

かつてはあまり信頼度の高くなかったガルーダも今やエコノミーではSKYTRAXのベスト常連に・・・いつも掲げられているプレートがなんだか誇らしげ。

ジャカルタ到着

地上は雨だった。カウントダウンってのに雨!?涙

バスでターミナルへ。

クリスマス仕様。

さて、まず今日のタスクは新しく開通したエアポートレールリンク(空港鉄道)に乗ること。

小さい飛行機、荷物はすぐに出た。

だだっ広いT3・・・しばし彷徨う。

なるほど理解した。空港鉄道の駅へはターミナル間移動のシャトルで行かなきゃいけないのね。

というわけでシャトル乗り場へ。

運転台が無防備。アナウンスの車掌さんも一緒に乗っていた。

この緩い感じがいいね。

ジャカルタ空港鉄道チャレンジ

さて、空港鉄道駅到着。

利用者はそんなに多くなく人の流れがあるわけではない。標識にひたすら従う。

今度は切符を買う場所がわからない。これまた表示に従い上の階に行ってみる。

券売機があった。プリペイドカードかクレカでないと買えないらしい。なんのプリペイドカードなのか・・・共通カードなら忘れてきてしまってまだ手元になく、クレカはなぜかタイのカード(VISAもJCBも)が全部弾かれてしまった。

結局サービスカウンターに行ってもう一度クレカを試すもNG。使いたくなかった日本のクレカ(ちなみにJCB)を出したら、これでチケットが買えた。

乗車。

行き先はBNI CITY駅・・・スディルマンバル駅でもあるのか。

乗ってから気づいたんだけれど、これは座席指定だった。

1号車の5Dが私の席だったみたい。出発ギリギリだったので近くの車両に乗ってしまったけれど、利用者が少なくてガラガラだったため誰の席に座っても大丈夫だった。

出発。車内が明るいので外が見えない。

現在地確認。

Duri駅を過ぎた。

途中、線路脇、駅のそばで手持ち花火の音が聞こえた。見に行きたかったけれど車両には警備員さんというか車掌さんみたいな係員さんも乗っているのでなんとなく躊躇われてしまった。

BNI City駅到着。

外に出たら大きな駅名サインがお出迎え。

ホリディインエクスプレス

人通りは少ないけれど明るい。初めて歩くエリアなので多少緊張しつつホテルへ。

でも駅の路地を出てしまえば超大通りのスディルマン通り。側道のJl. Tanjung Karangもホテルや商業ビルの並ぶ賑やかな通りだった。

今夜のお宿に到着。

ホリデイインエクスプレスはブルー基調のデザインが好き。

新年のお祝いにブブゼラみたいなやつが置いてあった。っていうかブブゼラそのもの?

試しにちょっと鳴らしてみたらあまりの爆音にびっくりした。

部屋はそんなに広くはないが、清潔で最低限揃っていて快適。

窓はスディルマン通りに面していた。

方角的には東を向いている。ときどき花火が上がった。

ビルの向こうに可愛いドームが見える。Masjid Al Falahというモスクらしい。ジャカルタは一町内、一ブロックに礼拝所があるのではないかというほど多いから見ていて楽しい。

脇に大きなモニターがあるので風景がいろんな色になる。

時刻は22時過ぎ。もう歩行者天国になっているのね。

遠くの花火。(青いのはなんだかわからん。)

人通りは多く、屋台も出ているみたいだ。

真ん中はトランスジャカルタの軌道らしく、バスは走っている。

遠くの花火。

Uchiちゃんにもらったブリトゥン土産。この日から少しずつかじる。

Keripik(Kerupuk)Kopiは初めて食べたけど美味しかったなぁ。

スディルマン通りでカウントダウン

22:45、外に出る。

フレンドリーなスタッフさんのいるフロント。

昨年の新年は一人KLで迎えた。今年は・・・やっぱり大好きなマレーシアのどこかにするかとも考えたけれど、私はこの2年弱でジャカルタがすっかり好きになっていたんだな。

今思えばバンコクにするべきだったのかもしれないけれど、まさかこんなにすぐタイを離れることになるとは思わなかったし、仕方ない。

食べ物の屋台も出ていて楽しい。

小さな手持ちの打ち上げ花火はあちこちで上がる。

こんな暗い中で大勢の人が集まるんだから警備だって大変だ・・・。

とりあえず人の流れに乗ってスディルマン通りを北上していく。

右はトランスジャカルタのTosari ICBC駅。

やはりいなさった、オンデルオンデルさん。

オンデルオンデルさん

近くに座っていた家族連れ、お父さんが唐突に花火を発射。何発も出るっぽい。

その脇をお構いなしで通過していくトランスジャカルタ

人々はSelamat Datang Monumentあたりで滞留していた。ここがカウントダウンの中心地になるらしい。

あの像は「Selamat Datang Monument」というらしい。ようこそのモニュメント。

そんな人垣の間をトランスジャカルタは通過していく。水先案内人がいるとはいえ、大変だなぁ。

しかもLong Vehicleだ。

マンダリンオリエンタルの前辺りではカウントダウンコンサートも行われていたようだ。

またオンデルオンデルさんが現れた。

まだ23時過ぎ。時間もあるし手持ち無沙汰だし、母娘さんのサテ屋さんに座る。

カレーっぽいソースのサテ・パダン。この喧騒の真っただ中でいただくのが楽しくてならない。

またぶらぶら。

日付が変わるまであと20分ほど。フライング花火が増えてきた頃に悲しいことに雨が降ってきた。

上空に向けたらレンズが濡れてしまう・・・。

花火を取り落として、群衆に発射されてしまったり。なかなかカオス。

カウントダウン直前、雨はいよいよ激しくなり、フライング花火もブブゼラも激しくなる。


バイバイ2018年!!!

■Flight:GA285 TJQ-CGK

■Stay:Holiday Inn Express Jakarta Thamrin