あの日、海の向こうで

いにしえのスタイルで1日分を1ページに押し込む旅日記。長文・画像大量・容量大。

居候契約とクラークキーじゃらんじゃらん

※店舗・価格等の情報は訪問当時のものですのでご注意下さい。

2013年4月19日(金)

朝のチャイナタウンとスチームボート

ホテルの朝食もいい加減飽きてきた。

今日も天気が悪い。

駅の上からNorth Bridge Roadを渡り、People’s Parkの方へ。

チャイナタウンのシンボル。

ここは夕方には人でごちゃごちゃするが朝は静か。

今日は、地元の友人が紹介してくれたシンガポール人の女性と待ち合わせていた。日本語が達者なPさん。チャイナタウンで早いランチ。

一人用のスチームボート。

薬味がカラフル、楽しい。

職場訪問とラッフルズジャパニーズクリニック

Pさんとお別れし、MRTで移動。

職場へ行き、未来の同僚さんたちにアドバイスを乞う。同僚さんたちは全員割高ながら職場の近くに住んでいる。シャワーやトイレもシェアで我慢している。郊外に住めば安いけれど、日々の交通費や遅くなった時のタクシー代でそんな差額すぐ埋まってしまうという意見に背中を押され、昨日見たピナクルに居候することに決めて、ステラさんに連絡した。現地採用組、交通費なんて出ませんから・・・。

口内炎ができたと言ったら、ボスがブギスのラッフルズジャパニーズクリニックを紹介してくれた。

現地採用の日本人は保険も自分で用意しなければならない。これもまた駐在さんとの大きな違い。心配性の自分は1年で12万くらいの長期旅行保険に入ってきていた。保険証は常に持参しておけば支払いはキャッシュレス。保険(お金)さえあれば十分な医療が受けられる。

薬、いっぱいもらった。

居候契約

夕方、タンジョンパガーへ。

ステラさんと、ピナクルを縄張りにしている別のエージェントさんと、大家さんと4者で契約書を交わす。エージェントさんが読み上げ、納得したらページごとにサインをする。馴染みのない堅い英語に緊張する。

私はこの時まだ自分のサインを決めておらず、パスポートと同じ漢字の名前でがっつり書いたら最初それはサインじゃないとか言われたので、日本にはサインという文化がないことを言い訳しなければならなかった。

11階、私が借りる部屋から。

遂に居候先が決まった瞬間だった。

クラークキーじゃらんじゃらん

夜はIちゃんとクラークキーで待ち合わせ。

セントラルの「Rendezvous」というレストランで、Iちゃんの故郷インドネシアの料理を食べる。Iちゃんはインドネシア人だけど華人さんなので遠慮なくビールをいただく。

パダン料理。

2023.02.14追記 -------------------------------------✈

インドネシア華人のIちゃんは在星5年ほどでPR(永住権)を得ていた。この先、仕事上シンガポールにおける「華人」、身分証に記載の人種欄「CHINESE」の重みを思い知ることになる。残念ながらもうこの頃「JAPANESE」は10年暮らしてもPR申請が通らない時代に突入していた。昔は10年も住めばほぼ自動的に付与されるまであったそうなんだが。

---------------------------------------------------

 

その後、クラークキーをぶらぶら。

ちょっとだけリャンコートにも寄った。日本人にはもちろんだけど日本通のシンガポーリアンやPRさんにもリャンコートがジャパンスポットなのは有名だった。

これからこの夜景の中で自分の生活が始まると思うとワクワクしていたし、本当に楽しいものだった。

■Stay:Santa Grand Hotel Lai Chun Yuen(現Hotel 1887 The New Opera House)