あの日、海の向こうで

いにしえのスタイルで1日分を1ページに押し込む旅日記。長文・画像大量・容量大。

弾丸三都物語~マレー鉄道で南下・旅の終わり

※店舗・価格等の情報は訪問当時のものですのでご注意下さい。

(2019.07.29作成)

2011年3月6日(日)・7日(月)

モノレールでKLセントラル駅へ

もう朝7時近いというのにホテルも街もまだお目覚め前なマレーシア。

チェックアウトして、外へ。

ブキッビンタン駅からKLモノレールに乗る。

この頃のスローガンだった1(Satu)Malaysia。

ここも最大の繁華街の一つだが、マレーシア(の週末)の朝は遅い。

高架の線路のさらに上を跨いで向かいのホームへ。

カードタイプの切符の裏表。

モノレールを待っているうちに明るくなってきた外。

KLセントラル行き、到着。

運転席が見える。

いつも好きな色だなぁと思うモスクMasjid Al-Bukhary。

暗いのでオートだとシャッター速度が遅い・・・。

でもモノレールから華人廟やヒンドゥー寺院がたくさん見えるのはいつも嬉しい。

モスクがあって・・・。

廟があって・・・。

ここはリトルインディア。

終点KLセントラル到着。

この時はまだNuはできておらず、モノレール駅から鉄道的までは外を歩かねばならなかった。(しかもNu建設地を迂回して。)

途中見かけた美味しそうな朝ごはん屋さん。賑わっていた。

ここでクエを買った。

Nu Sentral建設中。※スペルミスではありません。

KLセントラル到着。この辺は今はバス専用区域になっている。

いろんな路線のハブ、KLセントラル駅。

今日は私たちは長距離列車に乗る・・・けれど、まだ開いていない。

というわけでフードコート「MEDAN SELERA」へ。

麺と醸豆腐のお店。

フィッシュボール入りのスープビーフンを食べた。

Nちゃんはナシルマを食べていた。

洗面台のデザインが駅らしい。

KLIAと同じくKLセントラル(Stesen KTM KL Sentral)もまた、日本の建築家黒川紀章さんの設計。

参考記事

www.klsentral.com.my

2024.08.25追記 -------------------------------------✈

ウェブサイトが古い。httpsにもなっていない。いつ消えるとも知れないので念のため魚拓を取っておく。

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長距離列車のホームは出発直前にならないと開かない。根気強くベンチで待つ。

外までウロウロしに行ってみたり。

マレー鉄道で一路南下(前半)

10時、遂にゲートが開いた。

ホームは地下。

今回は寝るわけでなし、2等車にした。

いよいよ出発。

ドアの開閉がまだ緩かった時代。

しばらくはコミューター列車も走る電化区間

2等シートはこんな感じ。

KL南郊にできた新ターミナルTBS。2010年にはできていたそう。私は2013年になるまでこの存在を知らなかった。(この時も写ったのは偶然。)

KLIA Exspres。

カジャン駅。

モニターでは映画やアニメなんかが流れた。

車掌さんたちの中で一番ポジションが高そうに見えたボス(推定)が私たちの隣のシートで朝ごはんを始めた。

検札の車掌さん。

検札の車掌さんは外国人の私たちが気になるらしい。

車内販売のワゴンも通った。(この時買っておけばよかったよと後で思う羽目になる。)

車内はすいているのでなんでもありだ。でも、日本にはないこういう自由が本当に羨ましい。

外はすっかりカンポンと森とプランテーションの繰り返し。

この頃Nちゃんは寝ていた。

将来の複線化、電化(KTMコミューター延伸)に備えているのか、整備されている場所も結構あった。

2025.10.30追記 -------------------------------------✈

シンガポールとの高速鉄道の話もあった。一進一退を繰り返しその後どうなったろう?と思い今検索したら2021年にシンガポール側が中止を発表していた。

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スレンバン駅到着。

工事中の気配だけはする。

線路敷設中。

Senawang駅、ここは開業前の駅のようだった。駅増設はやっぱりKTMコミューター延伸の準備だろうと思った。

停車駅(全部ではない)。

2024.08.25追記 -------------------------------------✈

当時の記録が散逸してしまいもうわからなかったが、どうやらこれを見ると私たちの列車はトゥンパッから東海岸線をやってくるSenandung Timur号だったようだ。

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KTM(マレー鉄道)125周年だそう。

ここも新駅だ。

Sg. Gadutだそう。

モニターにはCMも入っている。

元はゴムや錫の輸送用に敷設された路線なため、大抵人里離れている。

マレーの時代劇が始まった。

マラッカへの(一応)最寄駅、タンピン到着。もうヌグリスンビラン州は終わり、マラッカ州へ。

(ちなみに、今調べるとどうやら2019年現在KTMコミューターはここまで来ているようだ。延びたねえ!やっぱり隔世の感。十年ひと昔。)

貨物列車が停まっていた。

駅のそばに大きな廟、「淡邊青龍宮」という廟だったようだ。(写っていないけれどすぐお向かいにはスマトラ様式のモスクもある。)

12時半、ワゴンから菓子パンを買った。お弁当は売り切れだった。

カレー味。

Batang Melaka駅到着。なんでもない駅だけれど、ここで1時間近く止まってしまった。マレー鉄道あるあるだ。

相変わらずガラガラ。でもあれだけ高速バス網の発達しているマレーシアだから、抜本的な変化がなければ需要はどんどん下がっていくんだろうなぁ。LCCも台頭してきたし。

対向列車が来た。

クルーさんたちもすっかり退屈している。

対向列車が去り、遂に出発。

こんなのもマレー鉄道の醍醐味、楽しまねば。(その代わり後ろにタイトな予定は組めない。)

軌道・沿線整備はなおも続く。

向こうにはヤシのプランテーション。

これは・・・ゴミ捨て場か。

車輌置き場?

あちらからもう一つ線路がやってきた。

ここは東西のマレー鉄道の合流地で有名なGemasグマス(ゲマス)。ここからジョホール州になる。

マレー鉄道で一路南下(後半)

グマス駅停車。

またここでしばらく止まってしまった。

列車が遅れに遅れ始めている上に車内販売も売り切れでひもじくなってきた私たちに、なんと検札の車掌さんが外からナシルマと紅茶(ミルク入りとなし)を買ってきてくれた。ありがとうございます~!

いや~しみじみ嬉しかったし美味しかったね!

グマス駅発車。

駅よりずっと立派なスガマッのバスターミナル。

そして私たちもスガマッ駅到着。

誰かに手を振るお嬢ちゃん。

駅を出ればすぐに人里を離れる。

Labis駅。

Bekok駅。

貨物列車が通過した。

デッキにしゃがんでいるカップル。かわいいね。

手旗信号は乗務員さんが(乗務員さんも、かな)行っていた。

Paloh駅。昔この地名を冠した映画のVCDを持っていた。主題歌はSitiが歌っていた。(対日抗戦が背景の映画だった。)

なぜ人は列車のドアが開いているとそこにいたくなってしまうのか。(私もだけど。)

また待ち合わせだった。

天気が悪くなってきた。

朝、駅前で買ったクエダダールを食べる。

ジョホール州中央部の中核都市、クルアン。

この街にも一晩泊まったことがあった。

関連記事

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この、統一デザインの青い駅名標を設置してもかつての古い方を撤去しない姿勢が好きだ。

この池も以前と変わらない。クライ駅到着。

外に出ている若手クルーさん。

ここでは貨物列車の対向待ち。どんだけ待つねん。

もうここまでくるとJBは近い。

以前クライ駅に長く停車したのは2008年だった。

参考記事

overseas.anohianotabi.com

 

またドアの外を体感しに行く。

JBのひとつ前、Kempas Baru駅。

列車は急激に都会に滑り込む。

すっかり新しくなったJB駅に到着。

シンガポールへ向かう人だけが引き続き乗車。車内で出国も完了する。

ジョホール水道を渡る水道管。

駅を出ればすぐにコーズウェイ。あっという間に渡ってしまう。

要塞のようなウッドランズ。

さてその後ウッドランズの列車のイミグレで入国をし、また30分くらい森の中を走ってようやくタンジョンパガーのKTM駅に到着するのだ。

お疲れ様でした・・・。

今は無きタンジョンパガーのシンガポール駅。

何かと世話を焼いてくれたクルーさんたちともお別れ。

乗客を降ろすと列車はすぐさま去っていった。

すぐにチャンギへ移動

シンガポールの中にあって、この駅だけはまだマレーシアを引きずっている。

列車の到着が遅れてしまい、もう午後8時近く。市街地に繰り出す余裕はない。この雰囲気は好きなので、ここで夕飯にした。私はラクサ

ドーム内部も美しい駅だった。

こんな立派な構えの駅が廃止になってしまって本当に残念。

本当はもっと明るいうちに到着して少しシンガポールを見るつもりだったが、残念。諦めてまっすぐ空港に向かう。

と、駅でタクシーシェアできないか話し掛けてきた若者がいたので軽く一日一善ということでその子のホテルを経由してあげた。

チャンギで夜明かし

空港到着。

一番新しい3タミに移動し夜明かし態勢に入る。

コーヒービーンでデカサイズ大味のアメリカーノ。

後ろにマレーシア人と思われる若者たちがいて、歌っていた。

とてもうまくてプロなのかなと思ったけれど、プロが空港で夜明かしするとも思えないし・・・。

午前2時半、隣のWangカフェで夜食を買う。

私は干しプラム入りジュースと、大好きだったピータン粥。

美味しいのになぁ・・・。

寒いのでときどき体を温めに外へ出る。

アンモーキオ行き・・・こんなシャトルバスあるの!?

旅のおわり

さて、私も自分のターミナルに移動せねば。Nちゃんとはここでお別れ。なかなか無茶な弾丸旅を一緒に達成してくれてありがとう!こんな強烈な旅は、旅のパートナーを選ぶよね・・・そもそも計画段階からね・・・。

この頃はLINEなんてなかったからねぇ。今なら離陸の直前までメッセし合うんだろうけど。

チェックインカウンターが開く4時を根気強く待つ。

さくっと出国。

きれいすぎてびっくりしたトイレ。(誰もいないので撮っちゃった。)

トイレからの眺めがよすぎる。

フリーのインターネット。

さて、搭乗口へ。

今朝の翼。

搭乗してすぐ、出発する前にトイレに行く事態になってしまう。この時初めて私はピータンに当たったようで、その後さらに2度ピータンにやられてもう食べられなくなってしまった。大好物だったのに悲しい・・・。

さっき食べたものを全部戻したお陰でその後は何事もなく乗っていることができた。何も食べずに寝ていたけれど。

というわけで機内食はスキップしたが、こちらは到着前の軽食。これはちょっと食べられた。

まだ寒い成田に到着。

速やかに上野へ移動。

上野からは新幹線で地元へ。これで自分史上でも類を見ない弾丸旅行はおしまい。お疲れ様でした!

東日本大震災が起こったのはこの数日後。そして私の人生もこの頃から坂道を転げ落ちるように変化していった。でもあの時から何度か底の底まで落ちたお陰で今の自分がある。

■Flight:DL280 SIN-NRT

(2019.07.29作成)