(2019.07.18作成)
2009年10月28日(水)・29日(木)
- ジョージタウンの朝
- 朝のじゃらんじゃらん
- トライショー観光開始
- トライショー観光:プラナカンマンション
- トライショー観光再び:2つの廟とカピタンクリンモスク
- 肉骨茶のランチ
- ペナンにお別れ
- シルクエアふたたび
- シンガポールでトランジット
- A380で旅のおわり
ジョージタウンの朝
小さな窓から差し込む朝陽。



そうそう、この頃はエアコンも有料でね。
2024.07.26追記 -------------------------------------✈
エアアジアがTune Hotelの営業を始めたばかりの頃。エアコンもオプションで、料金を払った場合だけリモコンが貸与されていた。毛布ひとつも有料なLCCの概念をそのまま適用した形だが、その後泊まったTune Hotelではそんなことはなかったと思うので、今ならちょっと信じられない・・・。
そして、今気づいたがエアコンがPENSONICだったんだな。
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おはようジョージタウン。

あのビルの上には廟のようなものが。屋敷神様?土地公様?

眼下にはさすがTuneらしい建物。


遠くに海が見えた。

窓のひとつひとつに等身大の朝が。



朝のじゃらんじゃらん
チェックアウトし、荷物を預けて外へ。


ホテル隣は先日みんなで来たモール。


その時みんなでランチを食べたOLD TOWNに再び入った。


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アッサムラクサ。

(この頃妙に斜めに写真を撮っていた自分が中二病みたいで凄く恥ずかしい。)

食後の街歩き。
周囲にHatinという通りが見当たらないけれど、可愛らしいモスクMasjid Jamek Jl. Hatin。



ショップハウスの並ぶ通りをただぶらぶら歩いていった。




天官賜福の神台を見つけたら撮る。





あ、ここは以前Sさんが連れてきてくれたロティチャナイ屋さん。


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そしてこちらはナシミナン屋さん。ここも連れてきてもらった。

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トライショー観光開始
さて、シティテルの近くからトライショーに乗って観光することにした。


Muntri St.の天后宮(海南寺院)。

トライショー目線のショップハウス通り。




道なりにずーっと行けばJl. Masjid Kapitan Kelingに突き当たり、そこにあるのは観音寺。





放生会。


私たちのトライショー。(この頃はまだこんなに地味だったんだねぇ。)


Lebuh Kingの福徳祠 Thai Pak Koong Temple。


トライショー観光:プラナカンマンション
次にトライショーを降りたのはプラナカンマンション。ここで往時のプラナカンの豊かな暮らしを見学した。




プラナカンは中華系移民とイコールではなく、過去マレー人との混血を経て文化融合し現地化した人々の子孫だ。一見中華系ではあるが、随所に海峡華人特有の要素が見られ、南洋だからこそ生まれ花開いた文化だ。





吹き抜けの中庭。孫文がペナンに身を隠していた時期を描いた映画「孫文~100年先を見た男(原題:夜・明 Road to Dawn)」はここで撮影されていた。お転婆娘役のアンジェリカ・リーがここで階下を覗き込んでいたのを覚えている。












こちらは使用人さんたちの食堂だそう。






コウモリ・・・?

トライショー観光再び:2つの廟とカピタンクリンモスク





おお~バスの横。なかなか怖い。


トライショーは路上では車と同等の立場、さらに尊重されなければならないそうで。

カピタンクリンモスクのそば、アルメニアン通りとの交差点に佇む慈済宮。葉さんの同族会館Yap Kongsiの傍らにあるので、宗祠ということだろうか。




Yap Kongsiの向かい側路地奥にある福徳正神廟。奥まっているから通りからは見えない。


カピタンクリンモスク。クリンKelingはマレー地域で広義のインド系を指す言葉のよう。金子光晴の「マレー蘭印紀行」でも「キリン族」として何度か出てくる単語。
2024.07.18追記 -------------------------------------✈
カリンガ国に由来する、南インドの一部の地域・民族集団を表す呼び名が転じてマレーシアやインドネシアでは南インドからの移民や商人(主にタミル人)の代名詞となっているそうだ。概念としては≒タミル人、といったところか。
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このモスクは近づくほど全容の撮影が難しくなる。

道路を挟んで見えるのはスリマハマリアマン寺院。

シティテル方面に帰る。







観光終了。ありがとうございまーす!

肉骨茶のランチ
Sさんが半休を取って来てくれた。最後までありがとう・・・。

ラストランチに連れてきてもらったのは海際のホーカー。

「康乃馨肉骨茶」。


お茶の湯煎セットが愛らしい、肉骨茶屋さん。




レタスの炒め物がどんなに美味しいかを知ったのはマレーシアだったな。

肉骨茶をもりもりいただいた。


ペナンにお別れ
移動。

コムターに連れてきてもらった。

ペランギンモール。お土産購入。



OLAYのイメージキャラクターはSiti。


いよいよジョージタウンを離れる。Sさんには空港まで送っていただく。ありがたくも申し訳ない。


海際の史跡、コーンウォリス要塞。

港近くの時計塔。

この頃好きだったタレントのAznilさん。

税関は新しく造っていたところじゃなかったかな。もしくは改修。

ランカウイへのフェリーもここから出るのか。


この辺は先日連れてきてもらった同族桟橋の辺りだ。

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ペナンブリッジが見える。


海とペナンブリッジが見晴らせる海岸に寄ってもらった。こういうところの存在は住んでいる人じゃないとわからないね。




名残のピサンゴレンを買ってもらった。


空港のコーヒービーンで少しお茶をして、お別れ。
ペナン滞在が充実したものになったのはSさんのお陰でした。本当にありがとう。




出国。当時だいぶ殺風景だった制限区域。

シルクエアふたたび
私たちの翼。

搭乗。




(今ググって知ったのだけれど、シンガポール・ペナン間のシルクエアのフライトはこの2009年10月からスタートしていたらしい。)


軽機内食はミートパイ。



シンガポールでトランジット
着陸して窓が曇る。

到着は18:50だったらしい。ここから深夜便待ちの長丁場。



シャトルでT3へ移動してきた。

ファシリティがどんどん追加されていたチャンギ。このバタフライガーデンも最近できたものだったはず。



入ってみたらむわっとした湿度。もう夜なので蝶たちは寝ていたけれど・・・。

金色に光っていたのは蛹だった。


うろうろ・・・。





23:45は遠い・・・。

フードコートに来た。



夜食開始。

名残のタイガー・・・。

チェンドル頼んだらドリンクタイプで出てきた。

ただでさえ寒すぎる空港内、これで体がますます冷えた。

バッチャン(肉粽)美味しい。

チャンギは(成田と違い)ネットは無料で使えていた。
(お、懐かしい画面が開いてあるな・・・。)

A380で旅のおわり
巨大なA380は特別な搭乗橋を使わねばならず、この頃B1-B4がA380専用だった。今はどうだろう、もうチャンギでA380なんて乗ってないからわからないや。



ゲート4つの同居だけれどA380がそんなに飛んでいるわけもなく、すいていて快適。


搭乗。

復路は2階席だった。


2階席は窓際に手荷物入れがあった。

・・・忘れてしまいそうで使う気にはなれなかった。

分厚い壁と遠い窓。





システム再起動とかで出発が少し遅れた。


KDとAnang夫妻のアルバムを聴く。(離婚しちゃったけど。)

出発してすぐ、軽食が出た。

夜明け。

5時頃、機内食。和食・・・ですかね。

ジバンシィのちょっとしたアメニティがエコノミーでも貰えるなんて。

ただいま、成田!

今でこそ見慣れたけれど、A380は当時は本当に威容だった。

Hちゃんとお別れ。約1週間もの間どうもありがとう!

私はエアポートリムジンで羽田に向かう。



着きました。


(三宅島、この頃噴火していたんだなぁ・・・。)

時間まで展望デッキに行くも当然ながらANAしかいない。

まだ日本の航空会社にジャンボがあったあの頃。

今はどうかわからないけれど庄内便はいつも端っこのゲートだった。




搭乗。



庄内到着。お疲れ様でした。

■Flight:MI355 PEN-SIN / SQ638 SIN-NRT / ANA895 HND-SYO
(2019.07.18作成)